RubyKaigi 2026 follow upの準備をマリマリ進めているのもあって、日記を書いてもなんかふわふわする。
自分の創作意欲の原点みたいなのは誰もやってない(だろう)と思うことをやってみたい、というのがあると思う。というか自分にとってフロンティアだと思っているところに面白さを感じるのだとおもう。Rubyで音楽を演奏できるようにするのは結構自分の中ではフロンティアだと思うのだけども、よく観察すると同じ領域にも数名いたりするが、それぞれやっていることが似通っているけど違ったりするときにすごい感動をしたりする。全体のRuby-istの中でいうとRubyで音楽をやるというの自体がすごく人口が少なくてまだノウハウもないので研究、研鑽のしがいがある。(どちらかというとRubyの性能の限界が見えてきている気がするのでもっとRubyを早くしたいという方向に気持ちが向いている、音楽をやるためにRubyを早くする、というユースケースを発見できるといいなぁ)
RubyってやつはtDiaryを動かすのに必要なやつ的な認識というところから自分も使うサービスでも使うものでもあるし
この日記サイトも自分のログを気軽に残すために作ってて既製品(!)ではなし得ない欲しいものをこれまでの経験をもとに安くて使いやすくて自分の好みにつくってたりする。そこには長いWebアプリケーション開発者としての経験があるのだけども。
作る主体は誰なのか、という観点にも述べておきたい。生成AIによってつくられる、というのにも加減があると思っていて、人間と生成AIの関係の構築をうまくやるようにしたい。
以下、雑なメモ
- 人間はプロンプトを生成AIに渡して出力を楽しむ
- 一過性のもの、一回つくっておわりのもの
- 連続でプロンプトを投げつけて出力を楽しむもの(イラストとか動画とか小説とか)
- 徐々にプロンプトが改善されていくことで出力の精度が高くなることがありそう
- 生成AIが主体、人間が従属という関係、もしくはその逆
- 人間のこれまでの経験や活動から生成AIを補助として足りないゾーンの情報を生成AIを手足目口として利用する
- 自分の知識の隣にある情報を補完できているとき
- 学べる
- 生成AIと人間が対等
- 自分の知識から遠く離れた情報を得たとき
- 学べない
- 自分の知識にするまでのパスを見つけたい欲求の有無の話
- 学べない
- 自分の知識の隣にある情報を補完できているとき
URLに.mdをつけたらmarkdownが返ってくるという仕様は真似したいなと思った。
YAPC::Tokyo 2026へプロポーザルをだしてみた。weblog.ason.asの話をしてみる。
https://fortee.jp/yapc-tokyo-2026/proposal/77e8954b-2219-4256-b66f-9ca06daa3ea4