DIGGER/ディガーを見た。
映画を見る前はトム・クルーズが年相応の役作りをしていてうれし~な、ぐらいの気持ちだった。それ以外の情報を特に入れなかった。劇場でちょっと予告を見たぐらい。
映画館で見たほうがよい映画には入る。
以下。ネタバレ。
まさかポストアポカリプスものとはおもっていなくて結構驚いた。
舞台装置として「舞台」が使われているのにも驚いたし、最初は演者が演じている役に対する葛藤があるのかなと思ってふーんという感じだったけど、現実と舞台(のリハーサル)の行き来をする上で、DIGGERの気持ちの移り変わりがあるとか、脚本が変わっていくとか、中盤ぐらいまで来ないと近未来で実演していることということがわからないというの面白いと思う。
冒頭、明らかに映像のクロップが21:9じゃなくて4:3に近い映像が流れてるなぁ、IMAX仕様?とか思っていたのも見ているとなるほど、となる。リハーサルと現実の切り目があるのだなと思う。リハーサルっぽいけど現実に干渉しているところのレシオが変わる表現は面白い。
序盤は普通の演劇という感じで進んでいくけど、演出家によって色々変えられていくことで物語としての没入が舞台から現実(つまり2047年)に移り変わることも表現していそうだった。最初に舞台の舞台装置であることがわかるシーンでは、映像や美術をわかってる人がみると明らかに不自然な遠近感や背景の色味などを「なんだこれ」と思いながらみていたらヌッと美術担当のおっさんがでてくるのには笑った。
中盤にDIGGERが民衆に糾弾されるシーンでは、ワンカットでトム・クルーズの演説がなされるのだが、ここが個人的には盛り上がりポイントだった。単純にワンカットのときにめちゃくちゃ集中力があがるというのもあるのだが。
あとエキストラ不足で椅子に人形が座らされているのとかに気づけるとちょっと嬉しい。これは映画制作の都合なのか舞台都合なのか。
映画の終盤の、舞台の方のクライマックスで劇場側が映るときの観客がDIGGERを煽るのもグロテクスだし、そのままカーテンコールに移っていくところも、DIGGER役のトム・クルーズの頭にオイルのようなものを塗って行くのもすごく悪趣味な感じ。
エンディングの車が乗り捨てられている脇に最近みたことありそうなロボットも打ち捨てられているのもなんとも言い難い気持ちになる。エンディングロールへの入り方もFossil Foolsを見た後の観客のような拍手大喝采を送るものとは対極にあるのがよかった。
一方で世間の評判としては微妙らしく、むずかしい気持ちになってしまうな。映画館でみることに意味があるのは確かだけど、風刺を楽しむものかと言われるとそういうところではないとも思う。映像の美しさやカット割り、シナリオ、構成そういうところは満点に近いところにある。
メタな観点で映画を楽しめる人には楽しいと思うが、現実問題として2026年の真っ只中でこれを笑えるかというとちょっと姿勢を正す方がいいかもしれない。それでもDIGGERの演説にごもっともではあると感じてしまう程度には自分は2047年ではなく2026年を生きている。